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2014年1月24日 (金)

名護市長選挙と辺野古

2013年12月27日、仲井真沖縄県知事が辺野古の埋め立て承認を表明した。これにより、長年の懸案であった普天間飛行場移設問題が動き出すかに見えた。(沖縄タイムス12月27日より

しかし、年が明けた2014年1月19日の名護市長選挙で、辺野古移設反対を唱える稲嶺現市長が再選された。稲嶺氏は「(辺野古の)埋め立てを前提とする手続き、協議を全て断っていく」と明言している。(朝日新聞DIGITAL1月20日より

ちょうど仲井真知事が埋め立て承認を表明した翌日に、辺野古へ行く機会があった。辺野古の海は映像で何度も見たとおり珊瑚礁が続く本当にきれいな海で、10㎞程離れた東シナ海側の名護市中心部が沖縄とは思えない程寒かったのに比べて、辺野古がある太平洋岸は気温も高く暖かかった。


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辺野古港


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キャンプ・シュワブとの境界線


キャンプ・シュワブに隣接した辺野古港には移設反対運動のテントがあるが、そこに行く前に辺野古の集落に寄ってみた。集落の中心部を見ていると、ナポリ周辺の貧しい町を思い出した。町の人たちは穏やかそうで、道を聞けば親切に教えてくれる。その一方、崩壊しかけている建物もあって街自体に活気がないように見えた。目立つっているのは米軍専用のバーくらい。その当たりの細い道が入り組んだ街を、中学生くらいのヤンキーが3人徘徊していた。着ているものは全くみすぼらしくなく、話しかけたら気さくに答えてくれそうだったが、彼らが醸し出す雰囲気はまさにノーラとかカステッランマーレとかいったナポリ周辺の街にたむろしている若者のようだ。仕事もなくてどうしようもないけど、なんとかしようとも思っていない。単なる偏見でそう感じているだけではあるが。ともかく、彼らを見て辺野古移設反対運動をしている人たちとの間に何か接点はあるのだろうかと考えてしまった。


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辺野古移設反対運動のテント


辺野古の問題点の一つとして、一部の基地反対派の活動家と地元の人たちが乖離していることがあると、よく言われている。これは辺野古だけでなく沖縄県全体に言えることなのだろうが、県民所得が低く失業率が高い沖縄県の人たちにとっては、米軍基地による雇用は歓迎できることでもあるのだろう。移設反対の民意を示したとされる名護市長選にしても、どこまで地元の民意が反映されているのかという問題はどうしても残ると思う。名護市の中心部と辺野古の間には山があって、集落としては完全に分断されている。たとえば、「普天間基地の辺野古移設 反対する現地住民はいない」という記事でも触れられているが、名護市民全体が、中心部から遠く離れた辺野古の人たちの気持ちを代弁できるとは、言えない面もあると思うのだ。

今回、仲井真知事は、そのように名言してはいないものの沖縄への援助と引き換えに辺野古埋め立てを認めた形になってしまったため、今後も米軍基地撤廃と沖縄への投資がセットにされるのではないかと危惧されているようだ。これは前から問題になっている点でもある。反対運動をしている人の中には、基地反対を主張して騒ぐと金をもらえるので反対を叫んでいるという人もおり、新聞などのメディアも含めた沖縄のエスタブリッシュメント層も、そのような考えがあるという。沖縄が日本本土に搾取されているというよりも、沖縄の人たちが一握りの沖縄の富裕層に搾取されているという構図もあるようだ。

これは沖縄に行ってみると感覚的にわかる気がする。沖縄本島から離島には橋が架けられ、道路は不必要なほど整備されている。たとえば、うるま市の「海中道路」などはその象徴的な例ともいえるだろう。米軍占領時代、米軍の石油基地がある平安座島まで沖縄本島から直結する道路を作るために、橋をかけるのではなく、4.7㎞にわたって片側2車線の幅を埋め立てている。これは建築時に架橋技術が進んでいなかったせいでもあるが、建築業にとっては埋め立ての方が土木工事が増えるので喜ばしいことであろう。

これは辺野古移設にも言える。一時期、普天間飛行場移設先として辺野古沖ではなく、隣接するキャンプ・シュワブ内に飛行場を作るという案が出されていた。しかしいつのまにか議論されることもなくなり、辺野古沖の海上に飛行場を作るかどうかという選択になってしまっている。キャンプ・シュワブ陸上案は飛行線の問題などがあるようだが、それよりも土建業と関わりの深い前名護市長の島袋氏が、埋め立てなどの土木工事で需要を増やそうとして海上案を押し進めていたということもあるようだ。これについては、「普天間基地、辺野古移設問題を考える」で詳しく述べられている。

以上述べてきたことは推測も含まれているし特にキャンプ・シュワブ陸上案には反論も多々あるが、少なくとも土建国家のモデルから未だに脱却できていないことが沖縄の基地問題の根底にある、ということは事実だと思われる。

今回、辺野古港で反対運動をしている女性に話しを聞いてみたが、気さくではあるが真剣な顔で「仲井真知事が辺野古の埋め立てを許可したが、許可と実際の工事が始めることとは違う。工事が始まらないように、法的手段を含めてあらゆる妨害活動をする。私たちが負けるわけがない」と主張した。名護市長選で辺野古移設反対派の稲嶺市長が再任されたことで、工事差し止めは現実味を帯びてくると思う。しかし、土建国家のモデルを変えていかない限り、結局は根本的な解決にならないと思うし、むしろ米軍が沖縄にいることを沖縄側がますます望むようになるということも考えられるのだ。10年程前に完成したという辺野古反対運動のテントがある辺野古港にしても、珊瑚礁を破壊しジュゴンの生息地を奪ってまで、防波堤を作り十分なスペースをコンクリートで固める必要があったとは到底思えないのだから。そして、そのような工事の事例が、今回、沖縄のあちこちで目に付いた。

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