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2013年1月 4日 (金)

イタリアの株価回復と次期選挙におけるモンティ首相

ロイターも伝えているように、米上下院で「財政の崖」回避法案が成立したことを受けて、イタリアの主要企業40社で構成されるFTSE MIB指数が3.8%上昇し(ユーロ圏で最大の上昇幅)、イタリア10年債とドイツ10年債との利回りの差であるスプレッドは283ベーシスポイントまで下がった。モンティ首相が就任時(2011年11月9日)に掲げた「スプレット(当時574ベーシスポイント)の半減」という目標が、ようやく達成されることになった。これで自信を持ったのか、モンティはテレビ番組で2月に行われる予定の選挙で対立候補となりうる自由国民代表ベルルスコーニと民主党代表ベルサーニからの批判に対して反論した。

モンティ首相は、次期選挙で中道勢力のまとめ役になる。しかしモンティ自身は、2011年11月に終身上院議員に任命されているため選挙を戦う必要がない。これはベルルスコーニに代わって政権を担当するためになされた措置であり、イタリアでは前例がないことではない。1993年4月のチャンピ首相、1996年5月のディーニ首相と、過去に2回のテクノクラート政権が誕生している。だが次回の選挙で誕生するのはテクノクラート政権ではなく、総選挙で勝利した政党(連合)の代表が首相となるため、選挙の洗礼を受けずに首相候補になる可能性のあるモンティに対して、モラル面からの批判もあった。

そもそも、モンティ自身もそれは感じていたため、自由国民(政権与党の一つ。モンティに首相を譲ったベルルスコーニが代表を努める)幹事長アルファーニの一言で2012年12月に辞任を決意した直後は、次期政権への不参加を表明していた。それが一転して出馬を表明することになったのは、左右どちらの陣営が勝っても、この1年間に行って来た政策がすべて否定される恐れがでてきたからだ。

中道右派では、モンティ政権が行った増税・緊縮財政政策を激しく批判する自由国民代表のベルルスコーニが復帰の意を示し(2011年11月の首相辞任後、引退を表明していた)、EUそのものを否定する北部同盟と選挙協力で合意した。

他方、中道左派では2012年12月に代表選が行われ民主党のベルサーニが決選投票を制して中道左派の代表になったが、決選投票を制するために労働組合(モンティ改革の「抵抗勢力」となっている)や、ヴェンドラ(左翼エロロジー自由党首。緊縮財政・ヨーッロパ主義を強烈に批判している)の力を借りなければならず、穏健派のベルサーニが政権をとっても、この両勢力の意向を無視する事ができなくなってきた。

モンティはEUの競争政策担当委員も努めた(競争政策担当委員としのモンティに関してはトム・リード『「ヨーロッパ合衆国」の正体』に詳しい)徹底したヨーロッパ自由市場主義であり、どちらの陣営が政権をとっても、自らが成し遂げた改革が振り出しに戻ると危惧したのだろう。

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