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2012年8月22日 (水)

リーダーの不毛地帯ー代表者不在の土地ー

『コッリエレ・デッラ・セーラ』紙(Corriere della sera)
2012年8月19日

最近(6月)のEU首脳会議でモンティ首相が果たした役割は、1950〜60年代にイタリア南部の有力政治家たちがとっていた戦略を思い出させる。それは「票を得るために故国を捨てる」つまりローマの権力に懸命に働きかけて国家の補助を自分の地盤に導き地元で名声を得るという戦略であった。

彼ら南部の有力者たちは、権力(特に財政面で)は中央にあるということを熟知し、そこを管理する一握りの人と関係を結べば(そして彼らの言葉を身につければ)権力に影響を与えられるということも理解していた。権力から利益を引き出して地元に戻れば、自分のイメージや票を「得る」ことができたのだ。彼ら南部の有力政治家たちは地元にのためも、第1共和制の間ずっとそうしてきたし、そのようにして失敗することはなかった。

状況も違うし、何よりも背景となる文化教養やスタイルが大きく違うとはいえ、イタリア首相モンティは彼らと同じ戦略を採用した。決断が下される場所に赴き話しをつける。モンティは、権力のサークルと接触し、関係を保ち、言葉を使うすべを心得ている。一見すると、慣れた普段の環境から飛び出して必死に頑張っているようにみえるが、実際は彼にとってより親しみのもてる環境にいるのであり、よい結果も出している。モンティは勝者の奢りなどは見せず、必要不可欠な存在であるといった雰囲気(イタリア中で、国際社会で動くすべを心得ているのはモンティしかいないということは、誰の目にも明らかである)でイタリアに戻ってきた。権力を持った国際社会でイタリアの首相がこれほど重用視されていることを歓迎しない人はほとんどいなかった。

しかし、ここでここ10年のイタリア南部の状況に目を転じると、結局は共通の文化や政治家の論理がなくなりリーダー層が貧困化してしまう危険について考えざるを得ない。ローマとの仲介による有力者たちはもうすでに存在せず、彼らの代わりに政治的不毛が横たわっている。対立もなければ提案もなく、政治綱領もない。そこには、ほぼ例外なく無様な個人的争いに収斂する権力闘争があるだけである。もはや地方では何もあてにできず、故国を捨てるほどの文化的・政治的才覚なども存在しない。

同様に、南部以外のイタリアでも「モンティ後」(誰もが出来る限り後に延ばしたいと思っている)に不毛な一角ができてしまう恐れがあるのだ。現在勢力を持っている政治家たちは政局を安定させ中期のプログラムを策定しようなどとはまったく思わず、彼らはまるで南部の現実のように不毛ではかない存在に見える。イタリア社会はこのような政治的空白に苦しみ、現実的に妥協をするべきか、それとも政治家の決定力不足に怒りの声をあげるべきかで、迷っている。

このように見るとすべてが曖昧なため今後何年間かイタリアは困難な時代を迎えると予測できる。外国の前線に駐屯するだけでは十分でなくなるだろう。リーダー層がしっかりとした考えを持って、社会・経済・政治に新たな活力を与えること、つまり国内の前線で「武装する」(集団の感情という意味でも)ことが必要となるのだ。さもなければ、巧みに交渉をしながらも間違った方向へ進んでしまう運命から逃れられないだろう。

ジュゼッペ・デ・リータ(Giuseppe De Rita)
(原文)
I TERRITORI SENZA RAPPRESENTANZA
Il deserto dei leader

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