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2012年8月12日 (日)

水資源問題キャンペーン ー万博の機会にー

『コッリエレ・デッラ・セーラ』紙(Corriere della sera)
2012年8月8日

欧米主体の自由主義経済が限界を露呈し欧州は通貨危機に直面してきたここ4年間、気候変動や汚染など地球上のその他の問題は片隅に押しやられてしまった。しかしそうした状況でも水資源の問題だけは以前と変わらず注意を惹いているようだ。欧州の多くの地域で飲料水が不足しアフリカではトウモロコシや大豆の収穫に打撃を与えた旱魃を見ればわかる。サウジアラビアが原油に対して行ったのと同じように米国が穀物を統制するので、多くの国、特に穀物生産の少ない国では、農産物価格の急騰に対処する方法を考えているのだ。

2008年のような重大な穀物危機は回避しなければならないだろう。それ以降、世界中の至る所で穀物の莫大な蓄えが積み上げられてきたとはいえ、穀物危機になれば影響を被る。今年の米国の旱魃に端を発する食料問題は重大であるとはいえ世界中の食料問題に比べれば氷山の一角にすぎない。というのも米国は水をなんとかやりくりできる国であり、この30年間で国民総所得が倍増し人口は7,000万人増えたにもかかわらず水資源の消費は減っているからだ。それは水の使用を抑えることを学んだ農業と発電所の進歩、それに新しい浄化の技術のおかげである。

しかし、アフリカや中東、アジアの国々(インド、パキスタン、バングラディシュ、インドシナ半島)など世界中の多くの地域では、このような技術に追いついていない。人口爆発と気候変動が降水量の低下や氷河の後退を招き、重大な危機をもたらしているのだ。ナイル川、インダス川、ブラマプトラ川、ヨルダン川、メコン川、チグリス・ユーフラテス川など、大河の水源は多くの文明を育んできたのだが、今や流血の戦場へと変わりつつある。

国際社会は、最近の環境についての国際会議の相次ぐ失敗に辟易している。しかし水資源問題は対処しなければならない問題だ。形式的な会議ではなく、より効果的な議論の場を作らなければならない。2015年のミラノ万国博覧会(エキスポ)は、そのように水資源の問題に真剣に取り組む場になれるのではないか。そもそも水資源問題に関してはよく黙示録的な予測が提示されるが、実際には政治的または技術的に解決策を見つけられる場合がほとんどなのだ。

ペンタゴンは世界中の最も影響を受けやすい地域の状況を秘密情報機関に調べさせている。それによると、近い将来「水の覇権」を巡る真の戦争が起こるだろうという。国連の資料にも同様の警告が見られる。これは避けられないことのだろうか。オレゴン州立大学教授のアーロン・ウォルフの研究によると、何千年もの昔から水が主要な原因でなかった紛争はほとんどなかったという。

遅かれ早かれ枯渇する石油とは異なり、水は永久的に確保できる。『大いなる渇き』の著者チャールズ・フィッシュマンによると、現在私たちが飲んでいる水は100万年前にディノサウルスの腎臓を潤していたという。要するに地球は飲料水を生産する工場なのだ。それゆえ、数多くの対立が生じたものの結局は、人類は水資源の使用について合意できる方法を見つけてきたのだ。

しかし今日の世界においては、一般的な無関心や国家のエゴ、干ばつ、さらには人口増加の状況が各国でまったく違う中で効果的な条約議定書を締結できないでいることなどの理由により、至るところで強い緊張関係が生じている。

ナイル河畔では植民地時代に結ばれた条約によって90%の水がエジプトとスーダンに配分され、この2大国の上流の川沿いで生活する何億人ものアフリカ人が水の調達に苦労している。アジアではインダス川がインドとパキスタンの紛争の原因である。さらに中国は、チベットに端を発して南アジアの国々に流れ込む川の水をダムによって制限しようとしている。

このようなそれぞれ独立した問題に対して、大国による国際会議が機能しないのは明らかだろう。国家の利害がとても大きく、ひとつの合意に到達するのは不可能となる。むしろ、各国の政府や科学者、そして解決策を見つけられるかもしれない技術を持つ企業が議論に参加することで、より実践的かつ地域的な合意を達成して一つひとつのケースに対応する方がいいのかもしれない。

そこで先ほどの話しに戻るのだが、2015年の万博の機会を利用してはどうだろうか。水の供給問題は、持続的発展・「地球に食料を、生命にエネルギーを」というミラノ万博のテーマからそれほど外れていないのではないか。水資源の問題については、まだ誰もがすぐに思い出すようなイメージを持っていないので、そうしたイメージを作り出してはどうだろうか。

ミラノ万博開催(2015年5月1日)まであと1,000日ほどだ。万博は公私のプロジェクトが出会う場所なので、政府と企業の利害をまとめ上げる試みに相応しい場ともなるだろう。ここでは、世界の主要国が陥っている官僚的傾向や、一度問題として提示されると何が何でも結果を求めようとする世論の圧力を考えなくてもいいのだから。

マッシモ・ガッジ(Massimo Gaggi)
(原文)
UN'OCCASIONE PER L'AGENDA DELL'EXPO
La battaglia dell'acqua

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