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2012年3月

2012年3月27日 (火)

タブッキとペレイラ

アントニオ・タブッキがリスボンで死んだ。癌だったそうだ。

タブッキの作品で一番面白いのは、やはり『供述によるとペレイラは…』だと思う。真夏のうだるようなリスポンが目に浮かぶような物語。「リスポンの町はきらきらと輝いていた」のように訳す須賀敦子の日本語も情緒が出ていていいけど、イタリア語の原文がまた素晴らしいと思った。(そういえば、ペルージャでお世話になった先生も、ローマ同居していたマルコも、完璧なイタリア語として紹介してくれたのが、この「Sostiene Pereira」だった)

日増しに言論が抑圧されていくサラザール政権下、ちょっとした地位も名誉もあって日和見的だった新聞記者ペレイラが、ふとしたことで知り合って肩入れした左翼の若者が自分の家でリンチにあって殺されたのを目の当たりにし、自由のために立ち上がる、というよう感じでストーリーは要約できる。そうするとよくある図式的な小説のように思えるかもしれないけど、実際はよく練られた小説であり、最後にポルトガルを飛び出し祖国の真実を訴えるペレイラが供述する形で進んで行くという手法もうまく活きている。

最も印象深いのは、ペレイラが温泉治療への旅の途中で電車から眺めたコインブラの海岸で若く力あふれる過去の自分を回想するシーン。誰からも好かれた若いペレイラは、なぜか地味な女性に気を引かれ結婚することになる。病気がちな彼女は、ペレイラが供述しているときにはすでに亡くなっているのだが、そのあたりの機微については「供述したくない」と言う。

そんなペレイラを読んで、映画も見た5年程前にちょうどリスポンに行く機会があった。リスボンでは、イタリア語版文庫本の表紙に使われているパスティッチェリアを見れたし、ファドが流れて時間がゆったりとすすむ1930年代のリスポンの夏の雰囲気もなんとなくわかる理解できた気がして、感激した。

『インド夜想曲』や『レクイエム』なんかも幻想的で面白いし、短編集なんかも秀逸だけど、どちらかというとこの『供述によるペレイラは…』と『ダマセーロモンテッロの失われた首』という、どちらかというと社会的な作品の方が個人的には好きだ。それにしてもタブッキが死んだのは本当に残念だ。

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