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2011年5月27日 (金)

『ムッソリーニの毒ガス』

日本は第二次世界大戦終戦まで、731部隊を創設し満州で化学戦や細菌戦の人体実験を行っていた。これは戦後の研究で明るみにでて非難されてはいるのだが、実験データを活用したい戦勝国の意向もあって、真相がはっきりしないところも残り、裁きを免れた責任者もいる。これはナチスドイツのユダヤ人に対する人体実験についても言えることであろう。

一方、イタリアではエチオピア戦争など東アフリカの植民地戦争に毒ガス(正確には毒剤と言うらしい)を使用していたことが、戦後明るみに出て論争となった。第一次大戦以来、欧州列強は毒ガスを使用していたし、イタリアの使用が突出していたというわけではないが、イタリア政府は長年口をつぐんで事実を隠ぺいしてきた。アンジェロ・デル・ボカやジョルジョ・ロシャといった歴史家の研究とそれに次ぐ論争を経て、第一共和政(1992年の汚職摘発までの共和国政権)崩壊後、1996年ディーニ内閣の時に、イタリア政府は毒ガス使用を公に認めることとなる。

ムッソリーニの毒ガス―植民地戦争におけるイタリアの化学戦

著者:アンジェロ デル・ボカ,高橋 武智

ムッソリーニの毒ガス―植民地戦争におけるイタリアの化学戦


エチオピアでの毒ガス使用は人種差別とも関係があるようだ。イタリアは1936年にエチオピアを併合してエチオピア帝国を創設したが、エチオピア人による抵抗運動は断続的に続き、翌1937年ごろはイタリア占領軍による抑圧はピークに達する。ちょうどこの頃から、「人種の擁護」という理論に基づいたエチオピア人差別法が形成されていく。この人種差別の考え方は、ナチスの要請を入れて1938年に制定された、ユダヤ人を対象とした人種法へとつながっていく。ちなみに、原爆がドイツではなく日本に落とされたのも、日本が非白人だったからという説も、いくぶんかは真実を含んでいるのだろう。黒人になら毒ガスを使ってもいい、というロジックと共通するところがある。

毒ガスを含めた化学兵器の使用は、1922年のワシントン条約で禁止されている。この条約には、米、英、仏、日、伊の五カ国が調印した。この後、1925年に採択された条約では化学兵器の使用は禁止されているが、相手国が禁止兵器を先制使用しない場合に限るという、保留条約がつく。これがァシズム政権の毒ガス使用に対する弁解ともなっている。エチオピア軍はダムダム弾を使用し捕虜を虐待するので、やむなく毒ガスを使った、とファシズム政権は主張してもいたという。

エチオピア戦争に従軍していた『タイムズ』の特派員スティーアは言う。

文明開化を遂げたと自称する民族が、野蛮だとされる民族にたいし、世界史上初めて有毒なガスを使用した。この苦悩に満ちた勝利の功績はイタリアの元帥であるバドリオに贈られるべきである

ここで、誰に毒ガスの使用の責任があるのかという問題と、本当に毒ガスを使う必要があったのか、という問題が生じる。後者については結論から言うと、戦略的な重要性はほどんどなかった。ただバドリオは安易に効果が期待できる毒ガスなしでは戦争を遂行できないようにもなっていたという。

では現地司令官バドリオやグラツィアーニが毒ガス使用を許可したのかという、必ずしもそうではないことが資料からわかる。必ずしもというよりも、ムッソリーニの厳命があったことが明らかにされている。しかし、エチオピア戦争を輝ける戦争と振り返る、著名なジャーナリスト、インドロ・モンタネッリなどは、資料をつきつけられても頑なに、ムッソリーニの指示により毒ガスが使われたという事実を認めようとせず、デル・ボカとの論争が繰り広げられることになった。

戦後、ファシズム体制に着せられた罪はムッソリーニ自信のものではなかったという修正主義の見解が多くみられるようになる。ムッソリーニの詳細な研究書を著したレンツォ・デ・フェリーチェなどもその一人であろう。本書の著者であるデル・ボカらによるファシズム政権による植民地政策のとらえ直しは、そうした修正主義との熾烈な戦いでもあった。本書が扱う毒ガスもその主要な論点の一つであった。

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