島尾敏雄について
島尾敏雄の短編集(ちくま日本文学全集『島尾敏夫』)を読んで、先日、奄美大島を訪れたときのことを思い出した。元ちとせの出身地だという古仁屋まで足を伸ばしたのだが、古仁屋の港からはコバルトブルーの海を挟んだ対岸には加計呂麻島が窺え、複雑な形の入り江はまるで湖のように静かだった。その加計呂麻島は、太平洋戦争末期、特攻隊の基地があった島であり、島尾敏夫がその隊長として一年を過ごし、島の娘ミホと出会った場所でもあった。
島尾敏雄にとって、この加計呂麻島での思い出はとても重要なものであったろう。
件の短編集に所収されている短編は大きく次の3つのテーマに分けられる。
1 特攻隊長として過ごし、九死に一生を得た加計呂麻島時代(「出孤島記」など)
2 東京に来て精神病に罹った妻ミホ(「われ深きふちより」など)
3 夢と現の境があいまいになったような幻想(「夢屑」など)
そして、この3つは島尾敏夫の人生の中で密接に関わっていると思われる。特攻隊長として周りから畏れ崇められつつ死と隣り合わせに生きてきた一年間が、日本の無条件降伏によって突如終わりを迎え、島尾は生きながらえる。特攻隊時代は平凡な日々への郷愁を抱きつつ、緊張感のある日々が日常になってしまい、いざ戦争が終わって平凡な日々が来るとその緊張感がどこか懐かしくなる。そうして夢と現がないまぜになったような状態を島尾は生き続けてきたのかもしれない。
また死が約束されたような特攻隊長に毎日会いに来ていた島の娘ミホとは、死に別れるのが定めだと思っていた。しかし終戦となり、ミホを妻として迎えた島尾は念願であった平穏な家庭を築くことができた。だがそれもつかの間、精神病の発症により再び緊張の中を生きることになる。
特攻隊というのは現在の我々からは、理屈でも分かっても感覚では決してわかるこのできないものなのだろう。後に自身も作家となり、ソクーロフの映画でも描かれている島尾ミホは「『隊長さま』(島尾敏夫のこと)は神様でした」といみじくも言っている。
また興味深いことに、所収の短編『出発は遂に訪れる』で、日本の無条件降伏を部下の兵隊たちに知らせた夜、先任下士官が「あなたはご自分では気がつかないでしょうが、わたしから見れば、こう言っちゃなんですが幸福な環境ですよ。何不自由なく最高の学府を出してもらって」と島尾に詰め寄る場面がある。こうした自分とは違う出自・文化の人との根本的な断絶というのも、島尾敏夫のテーマの一つなのかもしれない。『川にて』では、癒しと安息を求めて奄美大島に帰ってきた島尾が、結局かつての”失われた生活”を取り戻せず、根本のところでの島人との断絶が描かれている。
いずれにせよ、島尾敏雄の他の小説、特に有名な『死の棘』を読んでみようと思った。
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